【インボイス制度】独禁法・税法の検討事項と課題点
こんにちは。税理士の山田です。
今回は2023年10月より開始するインボイス制度の概要と課題点についてまとめていきたいと思います。(2022年9月21日時点の開示情報の基づいて作成してあります。)
今の状態でインボイス制度の仕組が開始すると経済では大きな混乱が起き兼ねないと考えております。そのため偉そうなことを申し上げますが、現状の制度の課題点をまとめてみました。税務に限らず取引価格の決定においても独占禁止法の取扱いが曖昧であり、私見も交えて会社がとるべき方向性を整理してみました。
また、デジタル庁も参画する中で「Peppol」(※)をベースとした電子インボイスのプラットフォームも開始する予定です。その中でインボイス制度がデジタル化に対応しきれていなければ、結局のところ現場ではアナログ対応が必要になってしまい、日本全体のデジタル化を著しく阻害すると考えています。
※「Peppol」とは、電子文書をネットワーク上でやり取りするための「文書仕様」「ネットワーク」「運用ルール」に関するグローバルな標準仕様です。
本記事の内容が制度の改正や国が方針を明確にしていく一助となりましたら幸いです。
ただし、何度も申し上げますが、完全に私見を交えている内容である点をくれぐれもご留意ください。
1.消費税とインボイス制度について
① 消費税制度の概要
預かった消費税から払った消費税を控除して差額を納付、これが消費税制度の大原則です。
払った消費税を控除する制度を仕入税額控除といいます。現行制度の仕入税額控除では、免税事業者に対して支払った消費税までも控除が可能でした。
(出典:国税庁「適格請求書等保存方式の概要パンフレット(令和3年7月)」)
例えば下記の例でいうと、卸売業者が免税事業者であれば、製造業者の消費税5,000円と小売業者の消費税3,000円しか納付がないため、国は消費税の税収が8,000円になってしまい、国は2,000円を損することになります。
(出典:国税庁「適格請求書等保存方式の概要パンフレット(令和3年7月)」)
② 適格請求書保存方式(いわゆるインボイス制度)の概要
インボイス制度のポイントを箇条書きにしてみます。
■ 原則、適格請求書等の保存がなければ仕入税額控除が受けられない(例外あり)
■ 適格請求書等は「適格請求書発行事業者」との取引でしか発行されない
■ 「適格請求書発行事業者」になるには税務署長の登録を受けることが必要
■ 「適格請求書発行事業者」は消費税の課税事業者が強制される
■ 3万円未満の交通料金、自販機、郵便代、など一定の場合には、適格請求書等の保存は不要
■ 経過措置で一定期間は免税事業者からの仕入でも一部(50~80%)の仕入税額控除が可能
(出典:国税庁「適格請求書等保存方式リーフレット(令和4年7月改訂)」)
※インボイス制度の詳細な内容については、こちらの記事も是非参考にしてください。
2.インボイス制度の課題点<独禁法・下請法編>
① 免税事業者との取引価格を引き下げて問題ないか?
課税事業者が免税事業者に作業を委託しているときに、従前は免税事業者からの請求であっても取引価格に消費税を上乗せすることが一般的でした。
例えば10万円の作業を委託した場合に、相手が免税事業者であっても消費税を請求して11万円を請求されることが通常です。これは支払側にとっては取引先が免税事業者であっても消費税の控除を受けることが出来た、つまりコストとしては税抜金額である10万円だけを負担する形になっていた上に、取引先が免税事業者であるかどうかを判断するすべもなかったためです。
ですが、インボイス制度が始まると免税事業者=「適格請求書発行事業者ではない事業者」ということですので、免税事業者から消費税を請求されると支払側の事業者が損をしてしまうことになります。そうすると、免税事業者に対して消費税相当の取引価格の引下げを求めることによって、自身の損を回避しようとすることが考えられます。この引き下げが法律上で可能かどうかについて検討してみます。
本件については、公正取引委員会の資料「インボイス制度後の免税事業者との取引に係る下請法等の考え⽅」にて下記の事例が掲載されています。
また、同じく公正取引委員会の資料「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」のQ7に下記の記載があります。
Q&A(抜粋)
仕入税額控除ができないことを理由に、免税事業者に対して取引価格の引下げを要請し、取引価格の再交渉において、仕入税額控除が制限される分について、免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定すれば、結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。
再交渉が形式的なものにすぎず、仕入側の事業者(買手)の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合には、優越的地位の濫用として、独占禁止法上問題となります。
「仕入税額控除が制限される分」について、双方納得の上で引き下げを設定すればOKとあります。「仕入税額控除が制限される分」とあるのは本来では消費税の全額ですが、インボイス制度の経過措置で一定期間は80%ないしは50%の仕入税額控除が認められていますので、制限は段階的に20%⇒50%⇒100%となっていきます。
また、「免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格」の設定についても独占禁止法で問題になる可能性があると書いてあります。
引き下げ額について事例で考えてみましょう。前提として、免税事業者との取引価格は10万円(税込11万円)、免税事業者側の経費負担が6万円(税込6.6万円)と仮定します。
事例A 経過措置による仕入税額控除が取れる割合が80% 取引価格108,000円(税込)
a 従来の消費税額10,000円-引き下げ額2,000円=8,000円
b 制限後の仕入税額控除額 108,000円×10/110×80%=7,854円
c 免税事業者が負担していた消費税額 6,000円
(結論)上記aでbとcは内包されるため独占禁止法上とならない
事例B 経過措置による仕入税額控除が取れる割合が50% 取引価格105,000円(税込)
a 従来の消費税額10,000円-引き下げ額5,000円=5,000円
b 制限後の仕入税額控除額 105,000円×10/110×50%=4,772円
c 免税事業者が負担していた消費税額 6,000円
(結論)上記aよりcの方が大きいため独占禁止法上となる可能性がある
上記の事例はあくまでイメージであり、正しい計算方法が公表されているわけではありませんので、あくまでQ&Aから私見を交えて推察したものである点をご了承ください。また、実際のところは免税事業者が負担していた消費税額というのは知るすべはありませんので、上記のような判定を行うことも困難です。ではどのように考えればよいのでしょうか?
これも私見となりますが、業界平均のようなものがあればそういった数値を使う方法や、消費税の簡易課税制度において、業種ごとにみなし仕入れ率(サービス業であれば50%)が設定されておりますが、例えばこの割合を利用して判定する方法などが考えられます。
いずれにしても判断過程として出来うる限りの客観的な情報を残して判断をしておくことで、一定のリスクヘッジと取引先への納得感を持ってもらうことは出来るのではないかと考えます。
② 免税事業者との取引は停止して問題ないか?
課税事業者が免税事業者に作業を委託しているときに、免税事業者との取引は停止して問題ないかについて検討してみます。こちらについては、同じく公正取引委員会の資料「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」のQ7に下記の記載があります。
Q&A(抜粋)
事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由ですが、・・・免税事業者である仕入先に対して、一方的に、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格など著しく低い取引価格を設定し、不当に不利益を与えることとなる場合であって、これに応じない相手方との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがあります。
上記のQ&Aから判断すると、「無条件で一方的に免税事業者との取引を停止する場合」「免税事業者との取引価格は消費税相当額を全額引き下げる要請をし、要請を受けない場合には取引を停止する場合」については、独占禁止法上問題となるおそれが考えられます。
取引価格を例えば、上記①の事例のように「仕入税額控除が制限される分」に応じて段階的に引き下げる場合(かつ免税事業者が負担していた消費税額を下回らないケース)のように段階的に消費税相当額を引き下げることを要請し、それに応じない場合の取引停止については、認められるのではないかと解されます。(あくまでQ&Aの記載のみからの判断です)
③ 課税事業者を要請して 問題ないか?
課税事業者が免税事業者に作業を委託しているときに、相手先に課税事業者になることを要請して問題ないか、について検討してみます。
本件については、公正取引委員会の資料「インボイス制度後の免税事業者との取引に係る下請法等の考え⽅」にて下記の事例が掲載されています。
こちらについても、同じく公正取引委員会の資料「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」のQ7に下記のように詳しく記載があります。
Q&A(抜粋)
課税事業者が、インボイスに対応するために、取引先の免税事業者に対し、課税事業者になるよう要請することがあります。このような要請を行うこと自体は、独占禁止法上問題となるものではありません。
しかし、課税事業者になるよう要請することにとどまらず、課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあります。
また、免税事業者が、当該要請に応じて課税事業者となるに際し、例えば、消費税の適正な転嫁分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置く場合についても同様です
つまり、委託先の免税事業者に課税事業者を要請することは問題ないですが、課税事業者になる場合には、委託先の業者では消費税の負担が増加することになりますので、その負担が増える部分について取引価格への反映については検討の必要がありそうです。
④ まとめ
どの取扱いについても、一方的な通知については、独占禁止法上で問題になる可能性がありえますので、取引先との対話を重ねて取引価格の設定をしていく必要がありそうです。
完全な私見となりますが、上記にも記載した消費税の簡易課税におけるみなし仕入れ率を一つの参考地として捉え、下記のような対応をしておけば独占禁止法上においても問題になり難いのではないかと考えます。前提として、委託先はサービス業(消費税簡易課税のみなし仕入れ率は50%の業種)であるとします。
■ 免税事業者に対しては、経過措置に応じて段階的に取引価格を引き下げて経過措置(50%の控除期間)が終了した場合には、その後の引き下げについては個別検討を行う。
■ インボイス制度への登録要請に応じた課税事業者に対しては、最大で5%(消費税簡易課税制度におけるみなし仕入れ率50%である場合の消費税額の負担相当)まで価格の交渉には応じる。
ただ、この辺りの考え方についても認識のズレなどから混乱が生じることは容易に考えられますので、混乱が起きないように国の指針をより明確にして欲しいものであると考えます。
3.インボイス制度の課題点<税法編>
① クレジット経費
消費税法上においてクレジットの利用明細は、現行制度においても仕入税額控除の保存要件がある請求書等に当たらず、また改正後のインボイス制度においても適格請求書等に当たりません。
ただし、現行制度では、税込支払額が30,000円未満の場合には、請求書等の保存を要せず、帳簿の保存のみでよいために、クレジット決済を利用した経費について、消費税法上は30,000円未満のものは領収書の保存をする必要がありませんでした。(法人税法上は別の書類保存の規定がありますが、クレジット利用経費はクレジット明細があるため実質的に問題になり難いです)(※1)
だが、インボイス制度開始後は30,000円未満であっても全ての取引について適格請求書等の保存が必要となります。
インボイス制度においては、クレジットで使った経費についてまで、態々すべて領収書などを保管しなければいけなくなってしまい、非常に管理が煩雑となることが予想されます。対策として、①インボイス制度の例外として帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる場合(※2)があるが、これに30,000円未満の取引を追加する、②そもそもクレジット会社から発行する利用明細をインボイスとして認める、などを是非検討して貰いたいものであると考えます。
※1 国税庁 No.6496 仕入税額控除をするための帳簿及び請求書等の保存
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6496.htm
※2 国税庁 Q&A 問82 帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる場合
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/01-01.pdf#page=116
② ETC利用料の証明書
ETCクレジットカードを利用して高速道路を利用した場合に、インボイス制度においては、「ETC利用証明書」(※3)が電子適格簡易請求書に該当することになり保管が義務づけられます。「ETC利用証明書」は電子データでの発行になるため電子帳簿保存法の対象となります。つまり、令和6年からは紙での検索機能などを備えた状態で電子データを保管しなければなりません。
例えば、運送業の社員などは、高速代立替分の精算にあたってETCの利用証明書を添付して精算をしたうえで検索機能まで兼ね揃えなければなりません。このような少額な取引についてまで、一つ一つのインボイスを保存することは非常に非合理であると考えます。
※3 ETC利用照会サービス 利用証明書の発行
https://www.etc-meisai.jp/tebiki/tebiki_03.html
③ インターネットバンキングの振込手数料
インターネットバンキングで振り込んだ際の振込手数料について、消費税の仕入税額控除を取るためには、適格請求書等の保存が義務になります。また、ATMでの手数料は自動販売機の特例で3万円未満は帳簿のみの保存で良いですが、ATM設置場所の住所を帳簿に記載する必要があります。
これらの対応をしなければならないのは非常に非効率です。そもそも振込手数料を払うような銀行において、インボイス制度の登録をしないような事業者は存在するのでしょうか。例えば、一定の大企業については、インボイス制度の登録を義務化して、継続的に適格請求書等の保存を無しに仕入税額控除を認めてほしいと考えます。
④ タクシー利用料金
年間売上が1000万円に満たない個人タクシーの運転手は適格請求書発行事業者として登録しないケースも多いと想定されます。
タクシーの利用料金を経費精算する場合に、適格請求書発行事業者として登録されているタクシー会社のタクシーであれば、利用料金のうち消費税相当について消費税の控除が可能ですが、適格請求書発行事業者の登録をしていない個人タクシーを利用してしまうと、消費税の控除が取れずに損をしてしまう状態になります。
上記の全てに言えることでもありますが、少額で影響が軽微な取引については、消費税の税収に与える影響も軽微であると思いますので、少額の領収書(例えば3万円未満)については、適格請求書等の保存を無しに仕入税額控除を認めるなどの措置を講じてほしいと考えます。
<参考サイト>
国税庁 インボイス制度の概要
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_about.htm
国税庁 インボイス制度に関するQ&A目次一覧
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/qa_invoice_mokuji.htm
公正取引委員会 免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html
「消費税インボイス制度」と「バックオフィス業務のデジタル化」等に関する実態調査結果について
https://www.jcci.or.jp/news/jcci-news/2022/0908110000.html
<その他問題点 Twitterアンケート回答>
また、同問題点についてTwitterにおいて取ったアンケートの回答もいくつか抜粋して掲載をさせて頂きます。
■ インボイス登録事業者のリストが誰でもDL出来るのは問題ではないか?会社名や住所などがリスト化されているためDM業者のリストとして利用されてしまう可能性が考えられる。
■ 経理システムを導入している会社は社員が経費精算をするときに消費税コードなども登録をしているが、インボイスの取扱いが難しくて、混乱が生じる。社員と管理部門との軋轢がさらに開くのではないか?
■ 内職者もインボイス制度の対象になるので、現実的には適格請求書発行事業者の申請をして課税事業者として今後手続きをするのは困難であると考えられる。タダでさえ単価が安いのにさらに厳しくなる。