債権の貸倒れと債権放棄に関する法人税務
こんにちは。
公認会計士の岸です。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、業績悪化や倒産の危機に直面している企業が
多いかと思われます。
取引先の企業がそのような状況に直面している場合には、取引先の資金繰りや支払能力からみて、
取引先に対する債権の回収が困難になるケースが増えてくるものと想定されます。
この点、法人が保有する債権に関する貸倒損失の計上については、いくつかのルールがあり、
そのルールを満たさない場合には貸倒損失の損金算入が認められないこともあるため、
慎重な検討が必要となります。
本稿では、法人が保有する債権が貸倒れたり、放棄されたりした場合の税務上の取り扱いをご紹介いたします。
1.法人税法上の貸倒損失の体系
実は、法人税法上は貸倒損失の取り扱いについての明確な規定はありません。
しかし、実際にどのような状況であれば債権が貸倒れたと判断するかどうかは、個々の債務者の事情などにも左右されるため、
非常に難しい作業となります。
そこで、国税庁内部における事務処理の指針を定めた法人税基本通達というものに、貸倒れの判定に関する取り扱いが
規定されています。
基本通達では、債権の貸倒れについて以下の3つの類型を規定しています。
2.貸倒損失かどうかの判定
基本通達において示されている貸倒れの類型をそれぞれ見ていきましょう。
(a)法律上の貸倒れ(法人税基本通達9-6-1)
基本通達の文言を引用すると下記の通りです。
9-6-1 法人の有する金銭債権について次に掲げる事実が発生した場合には、その金銭債権の額のうち次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する事業年度において貸倒れとして損金の額に算入する。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」、平11年課法2-9「十四」、平12年課法2-19 「十四」、平16年課法2-14「十一」、平17年課法2-14「十二」、平19年課法2-3「二十五」、平22年課法2-1「二十一」により改正)
(1) 更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった場合において、これらの決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(2) 特別清算に係る協定の認可の決定があった場合において、この決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(3) 法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で次に掲げるものにより切り捨てられることとなった部分の金額
イ 債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの
ロ 行政機関又は金融機関その他の第三者のあっせんによる当事者間の協議により締結された契約でその内容がイに準ずるもの
(4) 債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、
その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額
(1)~(4)の事実に該当する場合には、当該事実により切り捨てられた債権金額を損金の額に算入できることが定められています。
(1)~(3)の場合には、更生計画の認可による債権の切り捨てなど、法的整理手続を踏んで債権が切り捨てられた場合を想定しています。
債権が法的に切り捨てられたような状況にある場合には、誰の目から見ても債権が貸倒れたことは明らかであるため、
貸倒損失の計上を認めています。
一方、(4)の場合には、(1)~(3)とは異なり、債権が貸倒れたという事実ではなく債権放棄を行ったことを要件しています。
債権の「貸倒れ」ではなく債権の「放棄」であることから、もしその放棄が税務上の貸倒損失に該当しないとして否認された場合には、
取引先に対して何ら対価を受け取らずに債権回収を免除してあげたということで、税務上の寄附金として取り扱われる場合があるため、注意が必要です。
また、“その事実の発生した日の属する事業年度”において、損金に算入することとされていることにも注意が必要です。
例えば、過去に既に更生計画の認可などにより債権が切り捨てられている場合において、その切り捨てられた年度に債権金額を損金に算入していない場合には、その後の事業年度で債権金額を貸倒損失として損金に算入することはできません。
その事実が発生した事業年度の法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求により過去に遡って貸倒損失に関する税金を取り戻すことができます。
しかし、その債権の切り捨てから5年超を経過しているような債権については、その損失に係る税金を取り戻せないことに注意が必要です。
(b)事実上の貸倒れ(法人税基本通達9-6-2)
基本通達の文言を引用すると下記の通りです。
9-6-2 法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる。この場合において、当該金銭債権について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金経理をすることはできないものとする。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」により改正)
(注) 保証債務は、現実にこれを履行した後でなければ貸倒れの対象にすることはできないことに留意する。
(a)のケースとは異なり、法的整理手続による債権の切り捨てにまで至らない状況であっても、
債務者の資産状況、支払能力等という実態からみて、債権の全額が回収できないことが明らかである場合においては、
貸倒損失の計上を認めているものです。
「全額が回収できないことが明らか」の判定については、債務者の置かれている状況(破産、債務超過など)を具体的に分析し、
実質的な判断を行うことが求められることから、当該判定について税務当局と争いになることも多いです。
なお、債権について担保が提供されている場合には、その担保物の価値分はまだ債権の回収見込みがあると考えられるため、
担保物を処分するまでは貸倒損失を計上できないことに留意する必要があります。
(c) 形式上の貸倒れ(法人税基本通達9-6-3)
基本通達の文言を引用すると下記の通りです。
9-6-3 債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛債権(売掛金、未収請負金その他これらに準ずる債権をいい、貸付金その他これに準ずる債権を含まない。以下9-6-3において同じ。)について法人が当該売掛債権の額から備忘価額を控除した残額を貸倒れとして損金経理をしたときは、これを認める。(昭46年直審(法)20「6」、昭55年直法2-15「十五」により改正)
(1) 債務者との取引を停止した時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時以後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後1年以上経過した場合(当該売掛債権について担保物のある場合を除く。)
(2) 法人が同一地域の債務者について有する当該売掛債権の総額がその取立てのために要する旅費その他の費用に満たない場合において、当該債務者に対し支払を督促したにもかかわらず弁済がないとき
(注) (1)の取引の停止は、継続的な取引を行っていた債務者につきその資産状況、支払能力等が悪化したためその後の取引を停止するに至った場合をいうのであるから、例えば不動産取引のようにたまたま取引を行った債務者に対して有する当該取引に係る売掛債権については、この取扱いの適用はない。
こちらも、(b)と同様に債権の法的切捨てにまで至らない状態であったとしても、
1年以上弁済がない場合や、取立費用が債権総額を上回る場合には、実態としては債権の回収可能性が既にないものと考えて、
貸倒損失の計上を認めたものです。
経過年数(1年以上)や取立費用の大小などの形式的な要件が定められているため、いわゆる形式要件などと言われることがあります。
(a)、(b)のケースと異なり、対象となる債権が通常の営業活動から生じる売掛債権に限定されている点に注意が必要です。
例えば、貸付金や損害賠償請求権といった、通常の営業活動以外から生じている債権についてはこの規定の対象外となります。
また、「継続的な取引を行っていた債務者」であることが求められているため、仮に営業債権であったとしても、
単発の取引で生じた債権については基本的に適用対象とならないことに注意が必要です。
しかし、一般消費者向けのネット販売で、継続的に取引を行うことを期待して顧客情報を管理していたが
結果的に1回の取引しか発生しなかったようなケースには、この基本通達の適用が認められていますので
(国税庁質疑応答事例「通信販売により生じた売掛債権の貸倒れ」)、
その債権が置かれている状況に応じて、適切な判断を行う必要があります。
4.貸倒れ以外の債権放棄
基本通達9-4-1(4)の貸倒損失の要件である債権放棄について、税務上の貸倒損失に該当しないと判断された場合には、
その債権放棄は取引先に対する経済的な利益の供与として、原則として法人税法37条に定める寄附金として取り扱われます。
寄附金として扱われる場合には、債権放棄額のうち、寄附金の損金算入限度額として計算される一定の金額までしか、損金に算入することができません。
具体的には、債権放棄は一般寄附金というものに該当し、以下の算式によって損金算入限度額を求めます。
一見すると難しい計算式となっていますが、要するに利益が多く計上されていたり、資本金の額が多額である会社の場合には、
損金に算入できる寄附金の額が大きくなります。
5.寄附金として取り扱われない債権放棄
税務上の貸倒損失として認められなかった債権放棄であったとしても、寄附金としては取り扱われず、
その全額を損金に算入できるケースがあります。
(1)子会社等を整理、再建する場合の債権放棄等(法人税基本通達9-4-1、9-4-2)
基本通達の文言を引用すると下記の通りです。
(子会社等を整理する場合の損失負担等)
9-4-1 法人がその子会社等の解散、経営権の譲渡等に伴い当該子会社等のために債務の引受けその他の損失負担又は債権放棄等(以下9-4-1において「損失負担等」という。)をした場合において、その損失負担等をしなければ今後より大きな損失を蒙ることになることが社会通念上明らかであると認められるためやむを得ず(必要性)その損失負担等をするに至った等そのことについて相当な理由があると認められるときは、その損失負担等により供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しないものとする。(昭55年直法2-8「三十三」により追加、平10年課法2-6により改正)
(注) 子会社等には、当該法人と資本関係を有する者のほか、取引関係、人的関係、資金関係等において事業関連性を有する者が含まれる(以下9-4-2において同じ。)。
(子会社等を再建する場合の無利息貸付け等)
9-4-2 法人がその子会社等に対して金銭の無償若しくは通常の利率よりも低い利率での貸付け又は債権放棄等(以下9-4-2において「無利息貸付け等」という。)をした場合において、その無利息貸付け等が例えば業績不振の子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず行われるもの(必要性)で合理的な再建計画に基づくものである等その無利息貸付け等をしたことについて相当な理由があると認められるときは、その無利息貸付け等により供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しないものとする。(昭55年直法2-8「三十三」により追加、平10年課法2-6により改正)
(注) 合理的な再建計画かどうかについては、支援額の合理性、支援者による再建管理の有無、支援者の範囲の相当性及び支援割合の合理性等について、個々の事例に応じ、総合的に判断するのであるが、例えば、利害の対立する複数の支援者の合意により策定されたものと認められる再建計画は、原則として、合理的なものと取り扱う。
子会社や取引先など、事業関連性を有する者に対する債権放棄や無利息貸付について、
その債権放棄等をしなければより大きな損失を蒙ることが明らかな場合や、合理的な経営再建計画に基づく行為である場合には、
それが必ずしも経済的利益の供与に該当しないものとして、その債権放棄等の金額は寄附金の額に該当しないものとされています。
この点、経営再建計画等が合理的であるかどうかなどの判断を慎重に行う必要があります。
上記の要件を満たさない場合には、原則に戻って寄附金として取り扱われ、一定の損金算入限度額までしか損金算入が
認められません。
また、債務者が100%の支配関係がある国内の子会社に該当するようなケース(法人税法37条2項)や、
50%以上の支配関係がある海外子会社に該当するようなケース(租税特別措置法66の4条第1項)には、
その寄附金の全額が損金不算入となります。グループ会社に対する債権を放棄するようなケースには注意が必要です。
(2)新型コロナウイルスに関連する資金繰りの悪化(法人税基本通達9-4-6の2、9-4-6の3)
基本通達の文言を引用すると下記の通りです。
(災害の場合の取引先に対する売掛債権の免除等)
9-4-6の2 法人が、災害を受けた得意先等の取引先(以下9-4-6の3までにおいて「取引先」という。)に対してその復旧を支援することを目的として災害発生後相当の期間(災害を受けた取引先が通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいう。以下9-4-6の3において同じ。)内に売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部又は一部を免除した場合には、その免除したことによる損失の額は、寄附金の額に該当しないものとする。
既に契約で定められたリース料、貸付利息、割賦販売に係る賦払金等で災害発生後に授受するものの全部又は一部の免除を行うなど契約で定められた従前の取引条件を変更する場合及び災害発生後に新たに行う取引につき従前の取引条件を変更する場合も、同様とする。(平7年課法2-7「六」により追加、令2年課法2-10「一」により改正)
(注)
1 「得意先等の取引先」には、得意先、仕入先、下請工場、特約店、代理店等のほか、商社等を通じた取引であっても価格交渉等を直接行っている場合の商品納入先など、実質的な取引関係にあると認められる者が含まれる。
2 本文の取扱いは、新型インフルエンザ等対策特別措置法の規定の適用を受ける同法第2条第1号《定義》に規定する新型インフルエンザ等が発生し、入国制限又は外出自粛の要請など自己の責めに帰すことのできない事情が生じたことにより、売上の減少等に伴い資金繰りが困難となった取引先に対する支援として行う債権の免除又は取引条件の変更についても、同様とする。
上記の基本通達は、従来、被災した取引先の債権の免除について、寄附金に該当しないことを定めていたものでした。
しかし、令和2年4月13日付の法人税基本通達の改正により、新型コロナウイルス等の感染症の影響に伴う取引先の資金繰りの悪化に
起因して行う債権の免除も、上記の通達の対象に含まれることが明確化されました。
この場合においても、その債権の免除が通達に定める事象に起因したものかどうか、因果関係などについて詳細な分析を行うことが
必要です。
6.消費税の取り扱い
過去に消費税が課されていた債権について、貸倒れの事実が生じた場合には、当該貸倒債権に係る消費税額を、
その貸倒れが生じた期の消費税額から控除することができます。(消費税法39条)
消費税法上の貸倒れの判定については、消費税法施行令59条、消費税法施行規則18条に具体的に定められていますが、
上記の法人税法基本通達9-6-1~9-6-3と内容に大きな差異はありません。
しかし、法人税法基本通達9-4-1,9-4-2により計上した子会社に対する債権放棄による損失などについては債権の放棄であるため、
あくまで貸倒損失には該当せず、資産の譲渡等にも該当しないため、消費税の控除ができないなど、消費税法上の貸倒損失に関する
取り扱いにも留意する必要があります。